【プラモ】「海防艦 国後」の製作(1)製作方針

艦船

映画「太平洋奇跡の作戦キスカ」を見て、海防艦国後を作りたくなりました。ピットロードの占守型海防艦を国後として製作していきます。

ピットロードの占守型海防艦

ピットロードの占守型海防艦ですが、1箱に2隻分の部品がセットされています。

ピットロードの占守型海防艦

装備品セット+艦艇固有のパーツの構成で、ピットロード定番のパターンですね。部品が2種類セットされていて、それぞれを1隻づつ作成できるようになっています。

  1. 竣工時から電探装備のためのマスト改修を行う前まで(就役時と記載されている。)
  2. 電探装備のためのマスト改修後(昭和19年時と記載されている。)

炊事室煙突ですが、キットには頂部が筒状になったものがセットされています。資料(モデルアート増刊「帝国海軍潜水艦小型補助艦艇総ざらい」)によりますと、これは「八丈」の特徴で、他の艦はいわゆる「H」型だったようです。

デカールですが、峯風型駆逐艦のものがそのまま付属している場合と、軍艦旗の部分のみの場合があるようです。使用するのは軍艦旗のみです。

以下の資料を参考にしつつ、自分なりに作り込んでみることとします。

キスカ撤収作戦時の国後

キットの組み立て説明書には、就役時と昭和19年時の2種類が示されております。一方、キスカ撤収作戦は1943年7月に実施されました。今回は就役時をベースとして以下の修正を加えればよさそうです。

  • 船体に舷外消磁電路が装備されている。
  • 艦首御紋章が取り外されている。

このイメージで制作していくこととします。

タミヤの軽巡洋艦阿武隈も製作し、映画に出てきたこの2隻を並べてみたいと思います。そして、霧の北方海域をイメージしたディスプレイベースを何とか製作したいと考えております。

リノリウム押さえ金具をどのように表現する?

模型雑誌を見ますと、いろいろな手法が用いられているようです。これまでいくつか作ってみましたが、自分なりに最適な方法はまだ見つかっていません。そこで、今回は以下の方法を試してみることにします。

  1. 塗装で表現する。
  2. エッチングパーツを使ってみる。
  3. 伸ばしランナーを張ってみる。
  4. 金色の色鉛筆で塗ってみる。

海防艦は小型の船なので、一隻ごとの作業量は少なくて済みそうです。いろいろ試してみるのには適しているのではないかと思います。

エッチングパーツのリノリウム押さえは、今回初めて使います。難易度はどのぐらいなのか、果たして自分の手におえるのか、ちょっと心配です。

伸ばしランナーは、模型雑誌で見かけてから気になっていました。これを機に試してみようと思います。

そして、色鉛筆です。ピットロードのキットはリノリウム押さえのモールドがクッキリしているので、色鉛筆でも塗れるかも。うまくいったら手軽で良いかもしれません。試してみます。

艦名について

艦名については、製作開始時の調査が不十分で錯綜しましたが、最終的に以下に落ち着きました。

マスト改修前の形態石垣就役時
国後キスカ撤収作戦時
マスト改修後の形態石垣昭和19年時(1944年時)
国後昭和19年時(1944年時)

すでに述べたように、ピットロードの占守型海防艦のキットは2隻セットで、以下を各1隻製作できます。

  1. 就役時から電探装備のためのマスト改修を行う前まで(竣工時と記載されている。)
  2. 電探装備のためのマスト改修後(昭和19年時と記載されている。)

今回は、これを2セット制作しますので、1のマスト改修前の形態を2隻、2のマスト改修後の形態を2隻製作することになります。

一方、占守型海防艦は4隻建造されました。それぞれの経歴は以下の通りです。

  1. 占守(しむしゅ)昭和19年11月に雷撃で艦首を失い、丙型海防艦の艦首を用いて修理
  2. 国後(くなしり)終戦時残存
  3. 石垣(いしがき)昭和19年5月、米潜水艦の雷撃により沈没
  4. 八丈(はちじょう)終戦時残存

当初は、これらを踏まえ以下の艦名を割り当てることにしていました。

占守2のマスト改修後の形態
国後1のマスト改修前の形態
石垣1のマスト改修前の形態
八丈2のマスト改修後の形態

「国後」はキスカ撤収作戦時の状態を再現することにしましたので、1の形態(戦時中の状態)でなければなりません。

「石垣」は昭和19年に戦没しており、2の形態になったかどうかわからないので、1の形態(就役時)としました。

「八丈」は終戦時残存していますので、マストの改修も行われているはずです。

「占守」は19年に雷撃で損傷していますが、11月ですので、それまでにマストが改修されたものと考えました。そのため、当初はキットの昭和19年時を作成すればよいと考えました。しかし、詳しく調べてみると、「占守」は以下のように姿が変わっていった、ということが分かりました。

  1. 昭和19年にマストを改修、電探を装備。
  2. アメリカ潜水艦による雷撃で艦首を失う。
  3. 丙型海防艦の艦首を設置することで修理を実施。この時、機銃を増設、迫撃砲を追加

すなわち、キットの昭和19年時の姿にはなっていないのです!実は、これが分かった時には、すでに全艦完成していました。H型の炊事所煙突を備え、電探、迫撃砲を装備し、機銃を増設した姿ですので、「国後」とすることにしました。

次回より、実際に製作を行っていきます。

つづく。

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